マーラーやチャイコフスキーと違い、モーツァルトなど古典時代の作曲家の楽譜には抽象的な表現記号しか記されておらず、具体的にどの様に演奏するのかは奏者自身の判断、音楽的意思に委ねられます。ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の一糸乱れぬアンサンブルは、各楽団員の高い技術のみならず、個々の音楽的意思が非常に高い次元で統一されている事に起因しています。
譜例3は“ご覧なさい、妹よ”後半Allegro部ファゴットパートより抜粋した物です。四分音符=120程度で演奏されます。赤字の表現記号は楽譜の表記を具体的に補足するもので、実際には書かれていません。「指揮者に言われた事を書き留めたメモ」というと直感的におわかりになる方もおられるかと思います。
さて、クラリネットとファゴットで①から始まる快活なキャラクターは、前半の内向きな音楽が外向きに変わった所でpのイメージでは細すぎ、mf程度で演奏されます。しかしこの後に急転(②)。このleggeroはチェロとファゴットのみ、くすぐる様なキャラクターがなんとも言えず愛らしく、その後の③④は歌手のカデンツァ、オーケストラは空気のようにそっと演奏せねばならない所です。続く⑤からの四小節も同様です。
問題は②及び⑤からをleggeroで「くすぐる様に」演奏するのが非常に難しいという事、さらに④のEを「そっと」演奏するのもまた非常に難しいという事です。さらにすぐ後にはSolo、「元気よく」という言葉がぴったりの箇所です。mfのキャラクターですが、クラリネットと歌手がのばしているのでf(⑥)でないと聞こえません。その後クレッシェンド(⑦)してffまでいきます。
この様に、この曲は数小節単位で様々にキャラクターが変わり、目の回る忙しさです。くすぐる様な「軽く早いタンギング」、空気の様な「ゆったりとした息」、元気の良い「太い息」、その他色々な技術が次々に求められる、ファゴットにとって難易度の高い曲で、演奏に際しては何でも出来るバランスの良いリードが必須といえます。
リードへのアプローチとしては、②からのleggeroが上手く行かない場合は、図5の赤、水色、黄色部を、④や⑤のppに対しては紫部を、音程が高くなる場合は青部を、また⑥からのSoloが「元気よく」いかないような場合は第1ワイヤーの状態が寝すぎていないか、Y部が薄すぎないか、それぞれ確認してみると良いでしょう。全体としてバランス良くまとまっている事が重要です。